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2017年4月22日 (土)

20年

北海道に初めて来たのが20年前の7月
24歳の誕生日の前だった。23歳。
若くて気が強くて、何でも出来る大丈夫だと、自分に自信があった。
でも北海道に来てすぐ、それは大きな慢心だと思い知らされることになる。

親から遠く離れて暮らすことの心細さ
友達も親戚もいない
自分の証し、生きた証明がない、刻んだ歴史がない感覚
後ろ盾のない不安感

自分の傲慢さと非力さを嫌という程感じて引きこもった
失敗した
心から後悔した
帰る事はできなかった。だから毎日お酒を飲んだ。
500の缶ビールを7本、ワインを1本、そこからブランデー
泣きながら夜、外を歩いた。でも誰ともすれ違わない。誰も私に気付く人はいない。
死んでもいいやと、自棄になった事が一回。後にも先にもあの一回。
町はいつも灰色に見えた。

給食センターで働くことになってから、生活リズムがつくようになった。
働いたお給料は一度も使わずに貯めておいた。
人の感覚も違うし、嫌な気持ちになる事ばかりだったけど、
それは私が若かったから
職場の人は皆親切で色々教えてもらった。
少し安定してくる

でも、この足元の落ち着かない嫌な感覚がいつもあった
子供を産んだら落ち着くのかなと思ったのに、子供を産んでも気持ちは不安定で
余計に訳わからない不安感は膨大になっていた。
子供はスクスクと成長しているのに
いつも怖くて、欠けた気持ちが充足される事はなかった。

足元がおぼつかない、地に足がついている感覚がない
いつも不安な気持ちがあった

自分に自信がなかったのだと思う。地に足がついている感覚がないという事は。
自他から肯定してもらえないというのは
辛い事なのだ。とてもさみしい事なのだ。

自分のお店を持つのは私の子供の頃からの夢だった。
子育て中は制限があるけど、
その中でもやれる事をと、少しずつ動き出していった。
自尊感情を取り戻すためには
自分が大切にして来た事を行う事が大切なのだ

苦しいことや傷つく経験は大切だ
喜び楽しさが倍加する
傲慢を謙虚に転換させるために必要で、自戒するためになる。

長女を妊娠したとき
私もお母さんになれるのだと
心の底から嬉しかった。娘は私の恩人だ。
喜びも不安や苦しみ、悩みを生むけど、子供は色々教えてくれる。
人を育てるなんて、本当に大変なことだ
生きている間は、ずっと子育てで、ずっと勉強させてもらえるのだと思う。

娘が15歳になって
高校生になって
美しく成長したその姿を見れた時、
私は一つ満足した。

まだまだこれからだけれども、
一つの節目に立って、

心の底から充足する気持ちがあった。

そして
20年の北海道の歳月は
確実に
生きた証と歴史を刻む事が出来たのだ
知ってる人が増えるのもそうだけど、
スイーツクラブでは8年間も、私に付き合ってくれる人がいてくれた

新しく仕事を始めても、素直に一生懸命に、大切に取り組む事が出来た


こういう事が
とてもありがたいことなのだと
私だからこそ、
その貴重さが、大切さがわかるのかも


20年かけて
地に足がつかない不安感は無くなっていった。


そんなことも、私は子供に話して聞かせる事が出来る


生きてる間に、この大切な玉を集めていく事が、
生きる目的と意味なのかな


生きるって感動する事

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